昨年の雪氷学会北海道支部研究発表会で、寒地土木研究所 櫻井主任研究員が「竹内さんは『雪粒子の残像現象が視程に影響する』ことの発見者です」と話しかけてきた。発見というには大袈裟であるが、目に残る雪の残像が視程をより悪くすることは50 年前の論文(竹内・福澤、1976)に書いた。特に最近のデジタルカメラは、目で見た視程より撮られた画像の方が遠くまで写り、視程が良く見えると思う人も多いと思う。例えばネットにはホワイトアウトを撮ったという写真があふれているが、そのどれにもホワイトアウトでは見えない筈の大小様々な諸々が少し薄ぼんやりであるが写っている。白一色のはずがカメラには雪以外のものが見えていることになる。視界不良時のモニター映像と目で見る視界の違いは、いずれ問題になると思っていた。しかし雪粒子残像の影響を量的に明らかにするのは容易ではないとも考えていた。驚いたことに櫻井君たちはそれを見事にやり遂げ、我々論文筆者の二人を発見者に引き上げてくれていた。長い間興味を惹くことのなかった論文が、半世紀後に蘇り執筆本人がそれを知るのは稀なことではないかと思う。
1.土木試験所(寒地土木研究所の前身)で吹雪と視程の研究を始める
孫野先生の車に乗って旧石狩町へ向かう国道でホワイトアウトに遭ったことは、ニュースレター21 号で述べた。それから3 年後、呼ばれて先生の部屋に行くと、 ‘土木試験所が吹雪の研究を始めることになった、やって見ないか’ と言われた。土木試験所のことは何も知ら無かったが吹雪の研究と就職に魅かれて、最後には行きますと返事をした。口には出さなかったが ‘研究テーマを視程’ にすることも、その時に決めていた。
土木試験所から辞令が出る9 月まで北大低温科学研究所のお世話になった。黒岩教授のもとで氷粒子の焼結実験の手伝い、大浦教授ゼミでは吹雪の入門書になっていたBagnold(1941)の輪読に加えてもらえた。緊張しながらも皆さんの指導で、新社会人の6 ヶ月間を毎日楽しく過ごすことができた。
2.石狩吹雪実験場
土木試験所では応用理化学研究室に所属した。物理を専門とする40 歳台の室長と30 歳台の副室長3 名と主任研究員1 名、他に20 歳台の研究職員が2 人いた。その中の一人が2 歳年下でコンビを組むことになった福澤義文君である。室員は研究テーマの他に事業現場から持ち込まれる問題の相談に応じていた。コンサルタント業が独立した企業になる前のことである。
研究テーマの ‘吹雪と視程’ の研究には、吹雪が多く地形の凹凸や樹木もない広大なフィールドが必要と考えていた。吹雪の観測を兼ねてフィールド探しに石狩川河口近くの空き地にテントを張り、風速など気象観測や夜にはふぶき粒子の動きを観察した。晴れた日には実験地を探し歩いたが、思いがけずテントサイトに近い河岸から見下ろせる石狩川の右岸にそれは広がっていた。遠くからでも吹雪の発生から発達が、視程も実験室内のように乱れのない状態で観測ができるように見えた。フェンスも無く誰にも使われていないのは、増水時には水が溢れる河川敷だからであった。翌1967年の冬に河川敷の南端近くに仮設のプレハブ小屋を建て吹雪実験所とした(写真1)。
写真1 実験所全景
土木試験所から吹雪実験所までのアクセスは、国道231 号を旧石狩町の街外れにあった石狩川渡船場まで走り、川をフェリーで吹雪実験所のある対岸の八幡町に渡った。渡船は車両用と歩行者用とがあり乗降口、休憩所も含めそれぞれ別々に運行していた。八幡町の渡船場から吹雪実験所までの約2km は雪の積もった湿地であった。雪の底は水をたっぷり含んだ湿地で、増水した河川水が雪底を融かしながら滲み出ることもあった。スノーモービルのキャタピラがシャーベット状の雪を吹き上げ空回りしたまま進めなくなり、危険を感じモービルを捨てることを考えたこともあった。実験所までのアクセスだけでなく建設や実験資材の運搬はスノーモービルが頼りであった。人を寄せ付けない湿地の環境は防犯等に神経を使う必要もなくメリットの方が大きかった。町役場のあった石狩本町に港湾研究室の分室があって宿泊に利用できたのもラッキーであった。朝はスノーモービルで荷物を積んだスノーボートを牽引し国道を走りそのまま渡船に滑り込み川を渡った。実験所までは時にはホワイトアウトになる吹雪を観ながら進んだ。
3.湿地で遭った本物のホワイトアウト
初体験のホワイトアウトは、車より高い雪堤を跳び越えて吹き込んだ雪による短い区間の、走っていれば短時間で通り抜けるような局所的なものであった。しかし湿地で遭ったのは周り全体が真っ白なホワイトアウトであった。国道で遭ったものは高い雪堤の中を走るドライバーが感ずるホワイトアウトで人工的とも言えるものであった。しかし実験地で見たのは自然そのままに発生する広大で長時間続く本物のホワイトアウトであると感じた。少しずつ進んだり止まったりを繰り返しやがて進退に窮し、少しでも先を見ようと座席シートに立ち上がるとホワイトアウトの中で真上が薄明るく見えた。吹雪粒子は高く上になるほど少なくなることを全身で学んだ。実験が始まったばかりで、コース内の障害物等の把握はできていなかった頃であった。湿地の一部に水路が通っているのを見つけて、民家に習って笹竹の上に赤いリボンを結び10m 間隔でコースに立て視線誘導にした。細い笹竹であったがその後はホワイトアウトに困ることは無くなった。ホワイトアウトになっても10m 先の細い笹が見えたということは、ホワイトアウトは視程0m ではないことになる。吹雪実験場で10m の視程板が見えるか見えないかのほぼホワイトアウトの状態になったのは、数年間の観測期間を通して数回程度のものであった。追い求めて会えなかった視程0m(腕を伸ばして親指が見えない)絶対ホワイトアウトは無いと考えている。
4.吹雪の視程を測る
近くの山は黒くはっきりと見え、遠くなると白っぽくぼやけ、やがて空にとけこみ見えなくなる。これは大気中の雪、霧、黄砂、埃など大気中の浮遊物粒子に散乱、反射、吸収されるからである。そして散乱等で明るさ0 の黒い視程板が明るく周りの空と区別がつかなくなるまでの距離が視程である。吹雪(雪粒子)濃度を測定しその時の目視視程から両者の相関を求めることにした。そのためには吹雪濃度を測定する必要があった。その測定に虫取網のイメージで入り口を長さ約10cm の塩ビパイプにその他端に化繊の袋を被せて風で運ばれる雪を捕捉した(写真2)。捕捉した雪の量は風で運ばれる移動量になり風速で割ると濃度が得られる。フィールド研究では必要なものは現場で工夫して作ることが多い。これはシンプルで作るのも使うのも簡単なため国内だけでなく、アメリカやイギリスなど幾つかの国でも使われるなど満足度の高い石狩吹雪産の一品となった。
写真2 吹雪トラップ
トラップ吹雪計で測った吹雪濃度は目視視程と良い相関を示した。しかし同じ雪濃度でも視程は大きな違いを見せた。吹雪では視程80m(竹内、1980)であったが、降雪では1000m(Mellor,1966)と大きな違いがあった。しかし視程を雪の移動量(吹雪濃度と風速の積、降雪は空間濃度と雪落下速度の積)で表すと、現象の違いによらない一本の綺麗な曲線で表された。目視した視程は大気中で静止した状態の雪粒子濃度(光を反射)だけでなく、それの動く速さにも影響されていることを示していた。
5.目視視程(以下、目視とする)と光学的視程(光学視程とする)
雪粒子による光の減衰からKoschmieder(1924)の式によって視程を測るために、福澤君は吹雪用の視程計を作り、光学的に人の目の影響のない視程を測れるようにした。そこで目視と光学視程を比べると、視程200m 位までは同じラインにのり、それ以下では目視の値は光学視程より低い(悪い)方に外れた。これは視程が悪くなると目視はKoschmieder(1924)の光学視程より低い(見え難いと)という野外観測の結果と一致していた。残像は目視視程に影響し、光学的に測った視程より悪くするその最も大きな原因は残像と考えた。様々な条件で目視を繰り返してきたので残像が視程を悪くすることは感じていた。中でも残像の影響が特に大きく感ずる現象を2、3述べる。
○ 最も強く感ずるのは、夜のドライブでライトに照らされて雪粒子が残像を伴い大きく見え強く輝く雪粒子が目立ちすぎて他が見えなくなることがある。
○ 上の状態になってライトを上目から下目に切り替えると、雪からの反射が小さくなり、前が透けてよく見える様になり、更に消灯すると郊外では遠くの光までも見えることがある。
○ 最近、住宅地の電柱の下で雪が降るのを見ていると、大きな降雪雪片が残像で尾を引いているのを見て、光に照らされた途端に雪が大きくなるように見えた。光にあたることで雪が大きくなり残像の影響も大きくなると感じたが、背景が黒いと特に大きくなる。
これを新しい仮説とする。
文 献
竹内政夫・福澤義文, 1976, 吹雪時における光の減衰と視程, 雪氷, 38, 165-170.
Bagnold R. A., 1941, The Physics of Blown Sand and Desert Dunes. Methuen and Co. LTD, 265pp.
竹内政夫, 1980, 吹雪時の視程に関する研究, 土木試験所報告, 74, 31p.
Mellor M., 1966, Light scattering and particle aggregation in snow storm, J. Glaciology, 6, No.44, 237-248.
Koschmieder, H., 1924: Theorie der horizontalen Sichtweite. Beitr. Physik fr. Atmos., 12, 33-55, and 171.
