1.はじめに
同じ現象であっても、自然環境で勝手に起こってしまうものと、人間が人為的に起こすものとでは、科学的および工学的なアプローチが随分と異なる場合がある。凍上現象(地盤が凍結膨張して
隆起する)も、さいたるものの一つである。“自然凍上”の技術屋と“人工凍上”の技術者が交流したら、意外な気づきがあるかもしれない。いつもとは勝手の違う“自然凍上技術者”の集まりに、“人工凍上技術”の話題提供をした狙いは、正にそこにあった。このため、自然と人工において類似することには触れずに、異なることにスポットライトを当てる発表とした。
なお、“自然凍上”や“人工凍上”は、私が仮称している造語である(市民権は得ていない)。冬季に地盤が凍結し、道路や鉄道軌道が隆起する問題を“自然凍上問題”と、私は勝手に呼んでいる。一方、私が長年携わってきたトンネル建設工事で地盤を人工的に凍結し掘削防護する“地盤凍結工法”においては、周辺地盤や地下インフラが隆起したり、トンネルなどを加圧したりする。これらの問題を、“人工凍上問題”と呼んでいる。
話題提供は、北海道土木技術会・土質基礎研究会・凍上分科会で行った。2025 年10 月9 日に、新札幌駅近くの㈱ドーコンで、道路における自然凍上問題に関わる大学の先生や専門業者ら10名強が集まった。なお、NPO 法人雪氷ネットワークの所属名称を使わせてもらう、私のデビュー戦となった。前置きが長くなってしまったが、発表スライドを用いて、話題提供の要点(2.~5.)と参加者の反応など(6.)を紹介する。タイトルは、“人工凍上における問題・予測・対策のアウトライン”とした。

2.人工凍上の問題
もし人工凍上によってトンネルを始めとする都市地下インフラが損傷して崩壊するようなことが起こったら、数十万規模の人たちの生活に支障をきたす。凍上とはまったく異なる要因であるが、トンネルが崩壊した場合の都市機能損失の恐ろしさの例を、2016 年の福岡駅前大陥没事故で示した。大トラブルを防ぐために、以下で説明する、“mm単位”の予測と現場計測管理が、地盤凍結工法においては不可欠となっている。
また、人工凍上では凍結させる地盤の深度が非常に深く(通常、20m~70m)、地盤が硬い。このため、地盤が凍結し膨張したことの反力として既存構造物に付加する凍結土圧も、非常に大きい(土質によっては、1 平方メートル当たり10~100 トン)。


3.人工凍上の予測
前述したように、人工凍上では精度良い定量的な凍上量や凍結土圧の予測手法が不可欠である。
1)地盤の凍結膨張率の予測:このため㈱精研の高志らは、凍結膨張率ξを求めることが可能な独自の室内試験装置を世界に先駆けて開発した。その装置は、供試体初期温度を0℃にし、主冷却盤温度降下を一定速度にすることで、凍結速度一定が実現できるものであった。
この装置を駆使して、系統的な多数の凍上試験を実施し、得られた凍結膨張率の実験結果から、最も適切に表現できる実験式(高志の式)を見出すことに成功した。この装置および手法は、後に地盤工学会の基準ともなり、日本のスタンダードとなった。
その後も高志らは手をとめることなく、室内での凍結膨張率から現地盤での凍結膨張率を推定する手法も見出した。そして最後には、周辺地盤の凍上隆起量および地下構造物への付加応力を推定する解析解まで導出した。以上により、人工地盤凍結工法の現場において、ようやく人工凍上の影響をmm単位で予測する手法を確立したのである。


2)凍上力の予測:凍結土圧を発生させる源の凍上力に対して、高志らは凍上力が最大いくらまで発生するかについて巧妙な室内凍上実験を実施した。その結果、凍上性が非常に高い粘土では、わずか-10℃に冷却しただけで、1平方メートル当たり1,100 トンもの凍上力が発生することを実験的に見出した。さらに、氷と不凍水との熱平衡状態に関する熱力学から導出された理論解で、実験結果を見事に説明することにも成功した。

4.人工凍上の現場計測管理
都市地下インフラでは前述したようにmm単位での変位許容値が規定され、隆起の計測管理は地盤凍結工法を実施する上で必須条件であり、万一、計測された変位量が許容値を越えるようなことがあれば、地下鉄や鉄道は運休になるという都市機能の大トラブルになりかねない。
1)凍土壁厚み:対象とするのは、造成する凍土壁厚みと地盤変位の2つである。まず、造成する凍土壁の厚みを計測するには、耐力壁として必要な凍結すべき範囲(計画凍結面)を挟んで、凍結管側と周辺地盤側に測温管を多数埋設する。測温管内の白金抵抗体測温素子で計測される地盤温度を計測管理室で集中計測し、地盤凍結熱シミュレーションで計算される地盤温度と比較することで、凍土壁がどこまで造成できたかをcmの精度で推定している。
2)地盤変位:最も大きな変位が発生しそうな造成する凍土壁に近い地点において、鉄道の軌道上および下水道や送電などの地下トンネル内面に高精度の自動計測変位計を設置し、計測管理室で集中管理する。また、凍土壁から離れた地点では、トランシットで手動計測することもある。
上記から得られた造成凍土厚み(造成凍土体積)と凍上変位との関係を、凍土壁造成途上においても注視することで、最終的に造成する凍土壁の厚みで予想される最大凍上変位が許容変位量を越えることがないかを監視し続ける。もし、越えそうと予測された場合には、下記の凍上対策から適切なものを選び実施し、最終造成凍土壁においても許容値を越えないように施工管理する。
5.人工凍上の対策
人工凍上での凍上対策は、地盤凍結工法の計画時点(施工前)と、場合によっては施工中に追加されるものがあるが、そのやり方は同じである。凍上対策は原理面から、次の5種類がある。
・置換対策 ・熱的対策 ・力学的対策 ・水的対策 ・化学的対策
凍上問題を解決する効果や費用などを総合的に判断し、人工凍上の世界では、第一が熱的で、次に力学的および置換を行っている。
6.参加者の反応
話題提供後の意見交換の時間に、参加者から多数の感想や質問をもらった。それらの中から、いくつかを紹介する。
1)人工凍上の世界では、凍上変位が都市では社会問題を引き起こす可能性があることを知った。一方、道路などでの自然凍上では、凍上変位が重大事故に直接的に繋がることはほとんど無い。
2)人工凍上では、凍土壁厚みを必ず計測していることに、驚いた。自然凍上の世界でも、試験道路では地盤凍結深さを計測することはあるものの、道路延長が数十キロ~数百キロもあり、すべての地盤凍結深さを計測することは難しい。
3)人工凍上では、最大と予想される地点に凍上変位計測機器を設置し、mm単位で自動計測し、連続監視している。自然凍上では、2)と同様の理由から、凍上量の計測はほぼしていない。
4)人工凍上では、凍土壁厚みと凍上変位をまず実測し、解析による予測と比較検討することで、凍上変位予測手法の研究開発が長年に渡ってされていることを知った。自然凍上における科学的アプローチは、これからの課題と感じた。
自然凍土および自然凍上の専門家と共通テーマ(今回は、凍上)を選んで、初めての話題提供および意見交換会を行う貴重な機会であった。同じ現象である凍土および凍上を扱ってきたのに、双方の情報交換は不足し、ギャップも深かった。今後も機会あれば、テーマを変えつつ、このような交流会に積極的に参加していきたい。

