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雪の結晶〜写真撮影のレシピ(解説文)
 「雪は天から送られた手紙である」とは、はじめて人工の雪の結晶を作った中谷宇吉郎の名言ですが、「天から送られた」ものと言われるほど雪の結晶にまつわる話しにはいろいろあります。ここでは、このホームページに掲載されている雪の結晶の写真について、それがどのようにして撮影されたのか、自己流のレシピということで紹介します。
 
 雪の結晶は、大別して柱状のものと板状のものとがありますが、一般に雪の形として知られている板状の樹枝状六花の結晶は、大きさが数ミリ、厚さが1/100ミリほどで、片面にだけレリーフ文様が描かれた微細な氷細工と言えるものです。そして、雪の結晶にとっては、厳冬期のたとえ−20℃ほどの気温であっても融ける寸前の温度なので、結晶が地上に下りたったときにはその蒸発や変形がはじまっていて、全体が丸まっていきます。ですから、雪の結晶の「鮮度」ということについて言えば、結晶の先端が鋭いか否かによって見分けることになります。
 
 雪の結晶の写真撮影は、顕微鏡とカメラを使って行います。最近はデジタルカメラやスマートホンの性能が向上し、簡易的な写真ならばこれらのマクロ撮影でも撮ることができます。雪の結晶の撮影場所は降雪地ならどこでもできますが、形の整ったきれいな結晶を撮ろうとすれば、海岸から離れた山岳の高地が適しています。その理由は、雪の結晶の成長過程にも関係することですが、海岸の近くでは、海面からの活発な水蒸気により雪雲ができ、それは凝結したばかりの大小たくさんの雲粒から成っています。そして、その厚さも1000メートルを超え、内部の対流も活発なので、雪の結晶は幾つも絡み合った「雪片」を形成し、また、結晶には凍結した雲粒が付着してアラレ状のものが多く降ってきます。このような降雪から、いわゆる写真撮影に向いた単体の、そして形の整った結晶を探し出すことは容易ではありません。
 
 一方、海岸から離れた山岳地域では、平地で降雪をもたらした雪雲は雲粒の密度が小さな、いわば乾いた雲となって山岳の斜面を上昇し、その過程で冷却された薄い雪雲から降雪の生じることがしばしばあります。その降雪は、単体の結晶で、形の整ったものが多く見られます。このような山岳の地域として、北海道では内陸の中央に位置する大雪山系の旭岳や十勝岳があげられます。そして、この地域の海抜1000メートルほどのところにある旭岳温泉や十勝岳温泉などが撮影作業や滞在の便宜等から最も適した場所で、ここでの雪の結晶の観測や写真撮影は昭和初期の中谷宇吉郎により始められ、幾多の観測者や写真家に受け継がれて現在に至っています。
 
 雪の結晶の写真撮影は夜間が向いています。それは、気温が比較的低く、日射しが無いので、採取した結晶が急激に融けて変形することもないというのが主な理由ですが、その他に、日射しのある日中よりも暗い夜間の方が顕微鏡を覗く目に対して負担が少ないということが挙げられます。また、撮影がうまく行える気象の条件は、無風で、気温が−10℃内外のときです。そして、綺麗な結晶は降雪のはじめや最盛時よりも、その終わりの頃に多く見られます。多分、雪雲の終端が薄くなっているせいかとも考えられます。それで、降雪はいつ止むのか分からないので、結晶の撮影はできれば雪が降り止むまで行うようにします。
 
 雪の結晶は二つと同じものが降らないことから(*1)、どんなに撮影を続けていても飽きることはありません。撮影中に結晶の種類が劇的に変化することがあります。掲載した写真のような「角板」がまとまって降ってきたかと思うと、次には「扇形結晶」や「樹枝状結晶」「羊歯状結晶」が入り交じって降ってきたりします。このようななかで、写真撮影に適している結晶の大きさは、3ミリ内外のものです。これより小さな結晶は形が単純過ぎ、またこれより大きな結晶は形が非対称であるとか壊れているものが多いようです。「角板」は1ミリ程度と比較的小さめな結晶で、最も大きなのは羊歯状結晶に見られ、時には10ミリほどのものが降ってきます。これも山岳の高所における特別な現象かと思われます。
 
 雪の結晶の撮影手順ですが、先ず顕微鏡を設置するための雪洞(かまくら)をつくります。外気にさらされた状態の撮影装置では、顕微鏡に乗せた結晶が風で吹き飛ばされたり、余分な降雪が降りかかってきて、撮影が良くできません。また、雪洞内は湿度が高く保たれているので、雪の結晶の蒸発による変形がかなり抑制されます。雪洞が作れないときは、適当なテントやシートで撮影の場所を囲います。ただ、テントなどでは雪の結晶の蒸発・変形が進みやすいので、撮影作業は一段と速める必要があります。
 
 顕微鏡の設置を終えたなら、常温の部屋で撮影用のデジタルカメラのスイッチを入れ、そのまま野外の雪洞、あるいはテントの中の顕微鏡に取り付け、カメラの部分は布などの適当な断熱素材で覆います。この後、撮影を終了するまでカメラのスイッチは入れたままとします。デジタルカメラが自己発熱によって氷点下の外気温に耐えるようにするためです。また、顕微鏡の倍率は、対物レンズが3倍、接眼レンズが5倍のものが雪の結晶の観察や写真撮影には適しているようです。ただ、雪の結晶は、先にも述べたように、大きさがいろいろと変化するので、できればズームレンズのような仕掛けが欲しいところです。それで、ズームレンズの効果を得るために、接眼レンズの代わりにベローズ(蛇腹)を取り付けます。そのベローズの上端にレンズを除いたカメラ本体をセットし、ベローズの長さを変えて結晶の撮影倍率を調整するようにします。掲載写真の「角板」はベローズを最大に伸ばした状態で、また、「羊歯状結晶」はそれを最短の状態で撮影したものです。
 
 撮影装置の設定が一段落したなら、部屋で暖を取りながら降雪を待ちます。雪がチラチラと降ってきたらいよいよ撮影の開始です。外気にさらして冷やしておいた防寒服をまとい、細かい作業がしやすいように薄手の手袋をはめます。撮影装置の横に用意しておいた雪の結晶の採取板(卓球のラケットに黒い布を貼り付けたもので、ラケットの構成素材が断熱材となっていて、また持ち手が具合良いので)を降雪のなかにさらして、板の表面を見ながら結晶を受けます。このとき、板に落ちた結晶をあれこれと見比べるのではなく、落下した瞬間の結晶を見て、それが撮影に向いているか否かを判断します。適当な結晶が識別できたなら、その板を即座に顕微鏡の近くに運びます。そして、用意しておいた極細の筆でその結晶を釣り上げ、それを顕微鏡の載物台に置いておいたスライドガラスの上に載せ、素早く顕微鏡の焦点を合わせ、カメラのシャッターを切ります。採取板で雪の結晶を判別してからカメラのシャッターを切るまでの時間は、結晶が蒸発・変形することに加え顕微鏡照明の熱による影響を受けることから、できれば10秒程度におさめるようにします。なお、この間は呼吸を止めて、スライドガラスに呼気がかからないようにします。
 
 カメラのシャッターを切り終わったら、顕微鏡のスライドガラス上の結晶は写真用器材のブロワーあるいはエアーダスターで吹き飛ばすようにして取り除きます。スライドガラスに手や器材が直接触れることは、それらによる水分で霜ができてしまうことがあるので、極力避けるようにし、スライドガラスが汚れたならばすぐに新しいものに交換します。このため、顕微鏡の載物台には予備のスライドガラスを常に置いておくようにします。
 
 雪の結晶は無色透明な物体なので、その撮影写真が印象的なものに写るように、これまでいろいろな撮影の方法が国内外の研究者や写真家によって考案されてきています。それらの方法の基本は、照明光の種類とフィルターの色彩とその取り付け方にあります。掲載の写真は、散乱光の照明を用いて、青色フィルターの位置を視野の中間とか端とかに適当に調整して撮影したものも含まれています(*2)。
 
 綺麗な結晶が見つかったときは、周りに落ちる雪が何とももったいないと感じられるものです。撮影の間は作業に夢中なので、どのような結晶を撮ったのかということはほとんど覚えておらず、後で写真のファイルを見て思い起こします。雪の結晶の撮影は、先にも述べたように、雪が降り止むまで行うようにするわけですが、時にはそのまま朝を迎えることがあります。そして、撮影を終えて冷えた身体を温泉の湯船につけたとき、至福の始まりとなります。
 
 一回の撮影日程は2〜3日ですが、その間の撮影写真の枚数は多いときで数百枚になります。ただ、経験的には、そのなかで人目に耐え得るものは100枚につき3枚程度で、写真の多くは、結晶の枝が折れていたり、他の結晶の一部や凍結雲粒が付着していたり、結晶の形が余り好ましいものではなかったり、あるいは、不注意で結晶の横に霜が写っていたりなどしていて、やむなく破棄せざるを得ないものが結構あります。フイルムカメラを使っていた経験から、今はデジタルカメラの利便さに平伏しています。
 参考文献
 *1)「北海道の雪氷」No.37(2018),55-58(日本雪氷学会北海道支部のホームページに掲載)
                https://www.seppyo.org/hokkaido/publications/journal/jcontents
 *2)「北海道の雪氷」No.38(2019),97-100(同上)

(元北海道教育大学教授 油川英明)
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